この文書は次のことについて記述しています:
マルチパスによる歪み
マルチパスの歪みにより、ワイヤレス ネットワークのパフォーマンスがどのように低下するか
ダイバーシティ
ダイバーシティにより、マルチパス環境でのパフォーマンスがどのように向上するか
このドキュメントに特有の要件はありません。
このドキュメントの情報は、次のソフトウェアとハードウェアのバージョンに基づいています。
Cisco Aironet および Airespace ワイヤレス LAN 機器
isco IOS®、VxWorks、および SOS(Cisco Aironet 340 シリーズおよびそれ以前)の各オペレーティング システム
このドキュメントの情報は、特定のラボ環境にあるデバイスに基づいて作成されました。このドキュメントで使用するすべてのデバイスは、初期(デフォルト)設定の状態から起動しています。対象のネットワークが実稼働中である場合には、どのようなコマンドについても、その潜在的な影響について確実に理解しておく必要があります。
ドキュメント表記の詳細については、『シスコ テクニカル ティップスの表記法』を参照してください。
ダイバーシティを理解するためには、マルチパスの歪みについて理解する必要があります。
無線周波数(RF)信号が受信側に送信される場合、RF 信号の一般的な動作として、遠くに送信されるほど拡散します。途中には、RF 信号に対して反射、屈折、回折、あるいは干渉を引き起こす物体があります。RF 信号が物体から反射される際に、複数の波面が形成されます。重複する波面が新しく発生した結果、受信側には複数の波面が到達することになります。
発信元から宛先までの異なる複数のパスを RF 信号がたどると、マルチパス伝搬が発生します。信号の一部は宛先に直接到達するのに対し、別の部分は障害物に跳ね返されてから宛先に到達します。その結果、信号の一部に遅延が発生し、長いパスを通って宛先まで転送されることになります。
マルチパスとは、送信装置と受信装置の間にある障害物による反射で発生する重複した波面と元の信号が組み合さったものと定義できます。
マルチパスによる歪みとは、受信装置と送信装置の間の複数のパスが無線信号に存在するときに発生する RF 干渉の一形態です。この現象は、家具、壁、コーティングされたガラスなど、金属その他の RF を反射する表面がセルにある場合に発生します。
マルチパス干渉が発生する可能性が高いワイヤレス LAN(WLAN)環境には、次のようなものがあります。
空港の駐機場
製鉄所
製造現場
配送センター
RF デバイスのアンテナが次のような金属製の構造物に晒されている場所:
壁
天井
ラック
棚
その他の金属製のもの
マルチパスの歪みによる影響には、次のようなものがあります。
データ破損:マルチパスが非常に激しいために、送信された情報を受信装置が検出できない場合に発生します。
信号の空白:反射された波形が、メイン信号とちょうど位相がずれて到着し、メイン信号を完全に打ち消すような場合に発生します。
信号振幅の増大:反射された波形が、メイン信号と位相が一致して到達し、メイン信号と重なり合って信号強度を増大させる場合に発生します。
信号振幅の減少:反射された波形が、位相がメイン信号とある程度ずれて到達し、そのためメイン信号の振幅が減少する場合に発生します。
このセクションでは、マルチパスによる歪みが発生するメカニズムと WLAN への影響について説明しています。
発信元のアンテナから RF エネルギーが放射されるのは、特定の一方向だけではありません。RF は発信元と宛先のアンテナの間で最短の直接的なパスを移動する一方で、RF を反射する表面でも跳ね返されます(図 1 を参照)。 反射された RF 波形により、次のような状況が発生します。
反射された RF 波形は、長い距離を転送されるので、直接到達する RF 波形よりも時間的に遅れて到達します。
反射した信号は長い経路を転送されるので、直接到達した信号よりも RF エネルギーの損失が大きくなります。
信号のエネルギーは、反射そのもののによっても失われます。
受信側では、本来の波形が、反射された多くの波形と組み合さります。
さまざまな波形が組み合されると、本来の波形に歪みが発生することになり、受信装置のデコード機能に影響が出ます。受信時に、反射した信号が組み合さっていると、信号強度が高い場合であっても信号品質が劣化します。
反射された波形は、反射されていない波形とは位置上も異なります。
マルチパスによる遅延で、802.11 信号で表されている情報シンボルが重なると、受信側では混乱をきたします。遅延が大きくなると、パケットでビット エラーが発生します。受信側ではシンボルを区別できなくなり、対応するビットを正しく解釈できなくなります。宛先ステーションは、802.11のエラーチェックプロセスを通じて問題を検出します。巡回冗長検査(CRC、チェックサム)が正しく計算されず、パケットにエラーがあることを示します。ビット エラーに対する応答として、宛先のステーションから発信元のステーションに 802.11 の確認応答が送信されません。送信側では、メディアへのアクセスを再び獲得した後、最終的には信号を再送することになります。再送が発生するため、マルチパスによる干渉が顕著になると、スループットが低下します。アンテナの場所を変更すると反射も変わり、マルチパスによる干渉の可能性や影響が緩和されます。
マルチパス環境では、エリア全体に信号の空白ポイントが存在します。RF 波形が転送される距離、反射のしかた、およびマルチパスによる空白が発生する場所は、周波数の波長によって決まります。周波数が変わると波長も変わります。そのため、周波数が変わると、マルチパスによる空白の場所も変わります(図 2 を参照)。 2.4 GHz の波長は約 4.92 インチ(12.5 cm)です。. 5 GHz の波長は 2.36 インチ(6 cm)です。
図 2:転送周波数に基づくマルチパスによる空白の位置
マルチパスを表すのに使用されるパラメータに、遅延拡散があります。遅延拡散とは、メイン信号が到達する瞬間と最後の反射信号が到達する瞬間の間の遅延のことです。反射信号の遅延はナノ秒(ns)で表されます。 遅延拡散の大きさは、家庭、オフィス、工場の室内環境によって異なります。
遅延拡散 | ナノ秒 |
---|---|
家庭 | 50 ns 未満 |
オフィス | 100 ns まで |
工場のフロア | 200 ~ 300 ns まで |
マルチパス信号により、RF 強度は高くても信号品質レベルは劣化する場合があります。
注:低いRF信号強度は、通信の不良を示すものではありません。しかし、信号品質が低いということは、通信が劣悪であることを示しています。
ダイバーシティとは、無線ごとに 2 基のアンテナを使用して、より良好な信号をどちらかのアンテナで受信する可能性を高める方法です。ダイバーシティ ソリューションに使用されるアンテナは、物理的に同じハウジングに入っている場合もあれば、2 基の別個の等価なアンテナを同じ場所に設置する必要がある場合もあります。ダイバーシティを使用すれば、マルチパスの発生によるワイヤレス ネットワークの問題を緩和できます。ダイバーシティ アンテナは、無線からも相互にも物理的に離すことにより、一方が他方よりもマルチパス伝送の影響を受けにくいようになっています。通常、1 基のアンテナが RF 空白ポイントに入ると別のアンテナは空白ポイントに入らないように 2 基のアンテナが配置されているので、マルチパス環境におけるパフォーマンスが向上します(図 3 を参照)。 アンテナを移動して、空白ポイントから外し、信号を正しく受信できるように調整できます。
Cisco の Aironet アクセス ポイント製品では、デフォルトでアンテナのダイバーシティが有効になっています。アクセス ポイントでは、統合された 2 基のアンテナ ポートからの無線信号をサンプリングして、最適なアンテナを選択します。このダイバーシティにより、マルチパスによる歪みのある環境でも、ロバストネスが確保されます。
ダイバーシティ アンテナは、無線セルのカバレッジ範囲を拡張するのではなく、セルのカバレッジを強化する設計になっています。このカバレッジの強化は、マルチパスによる歪みと信号の空白によって生じる問題を克服するために行われているものです。1 台のアクセス ポイントにある 2 基のアンテナで 2 つの異なる無線セルをカバーしようとすると、接続上の問題が発生する可能性があります。
ダイバーシティで注意が必要なのは、2 基のアンテナを 2 つの異なるカバレッジ セルをカバーするために使用する設計にはなっていないということです。そのように使用すると、1 番のアンテナが 1 番のデバイスと通信しているときに、(2 番のアンテナのセルにある)2 番のデバイスも通信しようとすると、2 番のアンテナは(切り替えスイッチにより)接続されておらず通信に失敗するという問題が発生します。ダイバーシティ アンテナは、わずかに異なる場所から同じエリアをカバーするように使用する必要があります。
図 3: 1 基のアンテナが空白ポイントに入らないようにするために 2 基のアンテナが役立つメカニズム
同じ物理ハウジングに 2 基のアンテナが装備されたダイバーシティ ソリューションの場合、そのタイプのアンテナには 2 つの送受信素子があります。2 つの要素があるので、アンテナ ケーブルも 2 つあり、どちらのケーブルもアクセス ポイントのアンテナ ポートに接続する必要があります。
アクセス ポイントにある無線では、物理的にアンテナを移動することはできません。ダイバーシティ機能は、一度に 1 基のアンテナを選択するスイッチにたとえることができます。両方のアンテナから同時に受信すると、無線信号がそれぞれのアンテナに異なるタイミングで到達して、マルチパス状態が発生するために、同時に受信することはできません。それぞれのアンテナは単独で選択されるので、両方のアンテナに同じ放射特性が必要で、同様のセル カバレッジを実現できる位置に設置する必要があります(図 4 を参照)。 同じアクセス ポイントに接続された 2 基のアンテナを、2 つの異なるセルをカバーするためには使用しないでください。
カバレッジを増やすために、サイト調査を行ってアンテナの RF カバレッジを確認します。インストール サイトの適切なエリアにアクセス ポイントを設置します。ダイバーシティの目的は、マルチパスによる反射を克服することです。同じ物理ハウジングにあるダイバーシティ アンテナは、最適な距離を離して設置されています。この距離は、アンテナの特性に基づいて、アンテナのメーカーがアンテナごとに決めます。同じ特性の 1 対のアンテナで施設内のセル アバレッジにダイバーシティを実現する場合のガイドラインとしては、送信される周波数の波長の倍数に等しい距離を離して対応するアンテナを設置するようにしてください。2.4 GHz の波長は約 4.92 インチ(12.5 cm)です。.そのため、2 基のアンテナで 2.4 GHz の無線をサポートするには、アンテナを約 12.5 cm 離して設置します。アンテナのペアは、12.7 cm(5 インチ)の倍数の距離を離して設置することもできますが、4 倍を超えた距離を離して設置しないようにしてください。距離が 4 倍を超えると、反射された波形の歪みが大きくなりすぎて、遅延拡散の差違が大きくなる可能性が高くなり、無線装置で処理できなくなる場合があります。
アンテナの区切りが 2.4 Ghz の波長(5 インチ)より長いか短い場合、各アンテナの無線カバレッジ セルはそれぞれ異なります。カバレッジ セルの乖離が大きくなりすぎると、クライアントやエンド ノードで信号損失やパフォーマンスの悪化が発生する場合があります。カバレッジ セルが異なる例としては、一方のアンテナ ポートに指向性アンテナを設置し、他方のアンテナ ポートに全方向性アンテナや高ゲイン アンテナを設置する場合が考えられます。
ダイバーシティの目的は、消失やリトライするパケット数を減らして、最善のスループットを実現することです。
Cisco が提供するさまざまなタイプのアンテナについての詳細は、『Cisco Aironet アンテナ リファレンス ガイド』を参照してください。
図 4:2 基の 6.0 dBi パッチ アンテナをダイバーシティ用に使用した Cisco Aironet 350 シリーズ ワイヤレス デバイス
電子スコア アプリケーションが導入されているゴルフ コースで、屋外アンテナを使用したアクセス ポイントを使用して、ゴルフ コースのエリアをカバーしています。1 基のアンテナが、コースの左側をカバーしています。マルチパスはほとんど発生しないので、1 基のアンテナで十分です。このコースでは、長い距離をカバーできてインストールも簡単な、指向性のある八木アンテナを使用しています。
ゴルフ コースの右側もカバーできるようにしたいとの要求がありますが、スタッフはこのために新しいアクセス ポイントを設置していません。代わりに、もう一方のアンテナ コネクタに指向性のある八木アンテナを接続して、別の方向に向けています。スタッフは、ゴルフ コースを巡回して、サイト調査を実施し、ネットワークをテストします。カバレッジの問題はありません。しかし、トーナメントのプレイが始まると、ワイヤレス ネットワークに接続されるユーザ数が多くなり、接続しにくくなったり接続が切れたりするようになります。
コースの左側にいるクライアントがアクセス ポイントに関連付けられると、そのアクセス ポイントは右側を向いているアンテナでクライアントからの信号を受信するので、信号強度がとても弱くなります。結果的に、そのクライアントは右のアンテナの圏外になり、接続が切れてしまいます。しかし、アクセス ポイントの無線機が問題を検知し、マルチパスの問題が発生したと仮定して、左のアンテナ ポートをサンプリングします。アンテナが切り替わり、クライアントのカバレッジは増大します。クライアントがもう一方の側に移動すると、リトライが始まり、アクセス ポイントの無線が切り替わり、もう一方のアンテナ ポートが使用されて接続が維持されます。
このようにアクセス ポイントがクライアントの信号を受信できなくなると、切り替えが発生します。アクセス ポイントは状況を評価して、クライアントのデータを受信するのに最良のアンテナを使用します。次に、アクセス ポイントでは、クライアントにデータを返信する際にも同じアンテナを使用します。クライアントがそのアンテナに応答しないと、アクセス ポイントは、もう一方のアンテナからデータの送出を試みます。
このシナリオでは、最初の設定では、1 つのクライアントとカバレッジが異なる 2 つのセルがあり、クライアントが追加されるまでは正しく動作しています。アクセス ポイントがコースの左側の複数のクライアントと通信するようになっても、リトライが発生するまではエラーが検出されないので、右側のアンテナ ポートには切り替わりません。ただし、左側のアンテナを使用していないユーザには通信障害が発生します。
注:アクセスポイント上の2つのアンテナポートは空間ダイバーシティ用に設計されており、無線はエラーが発生した場合にのみ他のアンテナをチェックします。
コースの右側のクライアントには、接続障害が発生します。信号が弱いクライアントが左のアンテナに到達した際にだけ、アクセス ポイントがそれらのクライアントを認識し、切り替えを行ってクライアントをピックアップします。この処理によって右のアンテナがアクティブになるので、コースの左側でエラーが受信されはじめます。このエラーは、右のアンテナで左側のクライアントが受信されて再び切り替えが発生するまで続きます。
このゴルフ コースの場合は、次の 2 つの方法で問題を解決できます。
指向性のある八木アンテナを全方向性アンテナに置き換える。
八木アンテナでは 30 °だけの指向性パターンで動作するのに対し、全方向性アンテナでは、八木アンテナよりもゲインは少し低くなりますが、アクセス ポイントの無線がすべての方向で動作します。全方向性アンテナのゲインは八木アンテナに比べて 1 dBi 低いだけなので、このように置き換えれば正しく動作するようになります。
もう一方の無線セルをカバーするアクセス ポイントを追加する。
両方のアクセスポイントで RF トラフィックを処理でき、各アクセス ポイントでより高ゲインの八木アンテナを使用してエリアをカバーできます。この方法では、無線の輻輳を低減するために、オーバーラップしない周波数を使用して各アクセス ポイントを設定する必要があります。アクセス ポイント当たりのユーザ数が少なくなるのでスループットが増大します。
ダイバーシティは、ユーザの介在や設定が不要な自動プロセスです。
ダイバーシティは、マルチパスによる歪みを克服するか最小限に抑える方法です。
マルチパスによる歪みにより、無線の空白と無線の反射(エコーとも呼ばれる)が発生し、その結果データのリトライが発生します。
無線波は、ファイル キャビネット、棚、天井、壁などの金属面で反射します。
ダイバーシティ アンテナは、タイプとゲインが同じものにする必要があります。
RF カバレッジ エリアがほとんど同じになるように、アンテナを相互に十分近づけて設置する必要があります。2 基のアンテナを、別の無線セルをカバーするほど離して設置しないようにしてください。
Cisco Aironet のアクセス ポイントでは、スペース上のダイバーシティが使用されています。
目的のカバレッジ エリアの近くにアンテナを設置して、ケーブル配線が長くならないようにします。
常に、まずサイト調査をして、カバレッジ エリアを正しく評価します。